こんばんは、まぬえらです。更新31日目。
更新ペースが落ちてきたな
家にいて鼻歌歌ったり口ずさんだりする事があると思うのですが、家で本気で歌うことってあります? 私はないです。子供の頃はやっていたと思いますが、大人になったら躊躇します。
そして、それを言ったらこんなことを言われた事がありました
「なんで歌わないの?やりたければやればいいじゃん。まぬえらは優等生だからなぁ」
「それ(優等生)はダメだよー(笑)」
とてもモヤっとしました
その時に思ったことと感情
- やだな。
- やっぱりそう思われているのか。
そして湧いてきた感情は
- 抵抗感
- (優等生という言葉に対する)嫌悪感
自覚がある偏見は一旦スルーします
それは「優等生」という言葉への偏見ね。この状況で私の中で優等生というのは、周囲の大人(地位や権力のある人)に褒めてもらえる様に自分を抑圧していいこでいようとする人、という風に変換されています。私がそういう類の人間だといわれた様で抵抗があったんですね。
この言葉への抵抗は置いておいて、そうしたら嫌な気持ちは減るのかというとそうではない。
やっぱりモヤっとしたものは残ります。
家で本気で歌うのは躊躇するんだよね
という自分の考え方に対して
- どういう意味かはわからないが、優等生とラベルを貼られ
- そしてダメだといわれた
ことに一番反応しました。
否定されて一瞬不快になるのは当然なのですが、この意見をそのまま「そうなんだ。自分はダメなのか。」と受け入れてしまったので抵抗があったんだと思います。
脳内お母さんが「ほら、アンタ『ダメ』っていわれてるじゃないのよ!もっとこういう個性的な人たち見習ったら⁉︎」って言ってます。
私なりのインナーマザーの理解👉脳内お母さんという考え方は↓こちら↓
判断を下す前に情報収集をする
そうか自分はダメなんだ。お母さんの言う通りにこの人たちを見習わなきゃ
、と判断する前に、情報を集めましょう。
- そもそも、この私を”優等生だ””ダメだ”と言った人たちの主張はなんなのか? 家でも歌いたいと思ったら本気モードで熱唱すべきって考えなの?
- この人たち自身はそういう選択をするのかな?
- 私はご近所に聞かれたら恥ずかしいし・迷惑かもって気がひける。気になって楽しくないから、歌うときは外に行くよって思っているのだけど。この人たちはそういう風に感じないの?
この時点では何も情報がありません。それなのに”ダメ”だと自分で決めてしまうのはちょっと早すぎやしませんか?
- 相手の主張の情報を集める
- それを聞いて自分の考えをもう一度見直す
- それで納得できることがあれば取り入れてもいいし、できなければこれまでの自分の考えを支持すればいい
どちらになっても”ダメ”という判断には辿りつかないですけど。
なので自分はダメだと思ったらその結論に至るルートを検証したほうがいいです。ダメにたどり着くルートなんて滅多にない(自分が悪意をもってやったらあるかもですね)ので。